移住して3年が経つ今、考えること
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第一弾「趣味」

好きというのは強い
それだけでできることがたくさんある
そして好きはつながる
銭湯コミュニティとでもいうのだろうか
今回はサウナとコミュニティの話
サウナについて
私はサウナが好きである
週に2、3回は行く
だいぶ習慣になり
特別な感じはしなくなった
[サウナに関する過去の記事↓]
そしてサウナに行くと言っても
行くところは1つか2つ
いつしか常連の仲間入りだ
ドラマ「サ道」を見ていた人なら少しイメージしやすいのかもしれないが
あそこまででもない
緩やかなつながりである
私は目が悪い
大事なことだが
私は視力が悪い
眼鏡を外すと風呂場では全く見えていない
0.1の世界です(視力検査の一番大きいランドルト環(C)がやっと最近見えるようになったwww)
目が悪いので視覚情報が機能しなくなる(ほぼボヤけている)
情報のデトックスみたいなもの
常連の皆様
すれ違ってもわかりません
申し訳ないです
ただ、声と雰囲気とシルエットでなんとなく捉えています

ある出来事から
そして先日
1つの出来事があった
サウナに入っていると
外のお爺さんが
私の話をしているのが聞こえた
「あの人、すれ違っても会釈もせん、誰や」
うーんこれは困った
どこかのタイミングで
「目が悪く、顔を認識していないので、誰が誰だかわからない」と
伝え得なければならないと思った
だが、どのタイミングで話せばいいのだろうか
しかし、そのタイミングは案外訪れるものである
体を洗っていると
そのお爺さんも同じ列の奥の方で体を洗い始めた
シルエットと声であのお爺さんだとわかる
全て洗い終えた時に
声をかけた
まず申し訳ないと
挨拶しないのではなく
誰が誰なのかわからず
挨拶しようがないと
そうすると相手もわかってくれ
こちらのことを聞いてきた
こういう1つ1つの齟齬をなくすために
会話をすることが大事なんだなと気づいた
こうやって
人は人と関わっていき、コミュニティが広がっていく
話しかけるのにすごく緊張したけど
話を聞いてくれる人でよかった
ありがとう
また声かけてください
ゆるい繋がり
目が悪いからこそ
こういうきっかけで話せる
いいサウナコミュニティ
銭湯で会う時だけ関わるゆるい繋がり
私にとっては面白く、ありがたい
なぜか
移住者にとって入っていける「ゆるい」コミュニティが少ないから
私も近所付き合いがどんなものか分からず富山にきた
場所によるだろうが、千葉よりは濃い
が思っていたより薄いという印象である
ただ、せっかく知り合いが誰もいないところに来たのだから
もう少し関わり代を増やしたいと思った
だが、いきなり深すぎるコミュニティもどうなのだろうか
となったときにどこにどう関わっていいのか分からない
(そりゃ誰も知らないからね)
そんな時の選択肢として
「好き」でつながる(趣味でつながる)ということができたのは
ありがたかった
好きだから関わりたいと思うし
逆に関わらなくても(ここが大事。気軽に関わったり、関わらないことを選択できること)
それをやっている自分は満足している
好きを続ける
好きを続けることで
繋がっていくことがある(サッカーも繋がっており、幸いコーチとして子どもたちと関わることができている)
ほどほどに繋がっているというのは
人間誰しも生きていくには必要なことではないか
今日もほどほどに繋がっている
繋がりを強固にしたい部分はガッツリ入っていく
自分で選択できるのはありがたい
趣味からゆるい繋がりになったという話。